玄米サラダ巻きと、インド旅写真日記

のり巻き作りは楽しい。これは、たくわんとアボカドがアピールするのり巻き。想像してみて。たくわんのぽりぽりした食感の中に、甘じょっぱいしめじと、シーチキンマヨと、シャキシャキしたかいわれが順に登場し、最後に濃厚でクリーミーなアボカドがすべてをまるっと包み込む味わいを。(できれば、たくわんは無添加の素朴な淡い黄色の角のないやさしい味のものがいい。)

こんな風にかいわれが覗く可愛らしい玄米サラダ巻きはさっぱりしていて食べやすい。現に相方は玄米が続くと食べなくなっていくけれど、サラダ巻きにしたら「おいしいおいしい」といって切らずに丸々一本のものを何本も食べていた。とはいえ、玄米のサラダ巻きはおにぎりと違って具のハーモニーを味わうように、ゆっくりもぐもぐ食べるからいつもより早く満腹を感じる。(レシピへジャンプ

長いものには巻かれろ、ではないけれど、インドにいたら日本人的感覚を捨てインド人らしく振舞ったほうが都合が良くしっくりと色に馴染むときがある。これは、すっかり忘れ去られていた旅の写真と日記。ちょうど1年前、わたしはインドのデリー行きの飛行機のチケットを持っていて、どこへ行こうか迷った挙句、バラナシへ向かった。バラナシ、Varanasi。死んだあとはそこを流れるガンジス川に灰を巻いてもらいたいと願うインド人。ヒンズー教の聖地のひとつ。ガンジス川沿いに町が広がり、その北から南までは川沿いに歩いて30分。いくつもの沐浴場があり、そこで沐浴するひと、洗濯するひと、石鹸で体を洗うひと、歯を磨くひと、口をゆすぎ水を飲むひと。

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毎日オレンジ色の布に包まれ担架に乗せられた死体が運び込まれ、ガンジス川沿いにある火葬場で(川岸に薪を積み、そのあいだに死体を入れて)焼かれる光景。猛暑なのに、さらに火の熱でさらに顔がじりじりと熱く、足元には燃え尽きた木の灰や炭があり、煙が立ち昇っている。ガンジス川から一歩町中へ足を踏み入れると、とたんにそこは迷路のように小道がくねくねと行きかい、あてもなくただ歩き回っているといつしか自分がどこを歩いているのか見当がつかなくなり、飽きた頃に(心細くなってきた頃に)人に「ガンジス川はどっちだ」と聞いて、またくねくねと歩いていると、最終的に迷路はわたしをガンジス川へ向かってぽんっと吐き出す。毎朝ガンジス川の端から端まで散歩しているから、川へ出れば自分がだいたいどの位置にいるのか、帰るべき方向はどちらかが分かる。

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死体を火葬場まで運ぶ道筋にある、町で一番おいしいと有名なラッシー屋でココナッツバナナラッシーを食べていると、担架が通り過ぎる。そこでは死が、ごはんを食べるほど日常的で、日常的だから死について何も考えなくて良いのか、それとも日本ほど死が非日常的だと死について何も考える機会がないから良いのか、一体どちらが良いのだろうとラッシーを食べながら考えていた。いづれにしても、あそこにいる限りは、みな等しく終わりが来ることを当たり前のように受け入れ、そのことを忘れずにいられる。

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おいしい食事や面白い本は、それがいつか終わってしまうことをわかっているから、丁寧に一口一言、舌で味わい文字で味わう。それと同じように永遠ではない限られた時間はもっと丁寧に悔いなく精一杯生きるべきだろう。ラッシーを食べ終え、一度きりしか使われない陶器のラッシーの器をそこへコトリと置いて外へ出た。

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玄米サラダ巻き

材料

  • 玄米
  • 海苔
  • 具:
  • たくわん
  • アボカド
  • かいわれ
  • シーチキンマヨネーズ
  • しめじ(みりんと醤油を1:1で味付け。砂糖で甘さを調整)

作り方

  1. しめじをフライパンで炒め、みりんと醤油と、好みに合わせて砂糖を加えて味付けする
  2. シーチキンをマヨネーズであえて、ブラックペッパーと塩で味を整える
  3. たくわんを細長く切る
  4. アボカドを縦長にスライスする
  5. 巻きすに玄米を薄く広げる
  6. 具を手前にきれいに並べ、手前から奥へ向けて巻いていく
http://i-eat.carrots.jp/vegan-sushi-rolls/


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